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ヨガとからだとこころのブログ

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FB、Instagramに載せた朝食、写真。

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最近、食事の管理を意識的に行っています。

 

野菜中心、甘いもの摂りすぎない、肉などを控える、です。ベジタリアン、菜食主義者ではないので、ゆる~くやってます。

プチ断食したり、今までの食生活を省みています。

 

語弊がないように、書き記しますが、お肉も魚も、動物性のものが絶対ダメ!!というのでは決してないです。

食べる事はいきること。食べる=悪でなく、よろこびあるもの。

有り難く何でも美味しく頂いています。

大事なのはバランスです。

現代人は、私もですが、どうしても砂糖類、肉類が多くなってしまい、食も欧米化しているので、そういったものを摂りすぎてしまう傾向にあります。

経済も発展し、豊かになって、ある程度、食に困ることはありません。

むしろ余るぐらいで、作りすぎて、破棄してしまう始末..。

 

この手に余ったパンを発展途上国の貧困に苦しむ子どもたちにあげられればいいのに。

MOTTAINAI"!!!!

 

 

 

もともと私は雑食な人間なので、好き嫌いもなく何でも頂きます。

食べてるときがいちばん幸せそうな顔してるかも(笑)

スイーツも大好き♡

レーズンと高菜だけが苦手です。

あとは何でもこい!!です。

両親、祖父母、家系柄、胃腸も丈夫でいくらでも食べれてしまう。

学生時代は部活の合宿で、一番食べて(それだけ走った)女の子なのにカレーを5杯も食べました。

 

 

体を動かす以外はそれほど関心がなかったように思うけれど、今思えば、その頃から、父が糖尿病で倒れて、食に少しずつ関心がいっていたのかもしれません。

 

たまたま箱根の天山で手に取った、自然療法。

これが出会いでした。

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自然療法/東城百合子著 

 

 

出会うべくして出会った?何で温泉に行って、その本を手に取ったのかは分かりませんが、なぜかそこで見つけたのでした。

 

 

読んでみると有名な先生で(本まで出されてるから当たり前ですが)、私が生まれる前から食の大切さを説き、ご健在で定期的に講演活動もされていました。

期間はそれから空きましたが、一昨年はじめて講演会へ行き、そのことがきっかけとなって、このような曲りなりにもブログをはじめたのでした。

そのぐらい強烈なインパクト、ショックとでも言いますか、衝撃でした。

ひとは何かショックや衝撃があると変わっていくのかもしれません。

 

 

 

父は、今は症状としては落ち着いていますが、現代医学での処方、治療をしているのでインシュリン注射、食事の管理、適度な運動を心掛けています。

当時、私はまだ中学生で、母親も子供に心配させてはいけないと病の事は隠しており、それが20歳ぐらいまで続きましたが、気付かないはずもなく、説明してくれないことにいらだちを感じていました。

まだまだ子供でした。

父は病もあってか、私も精神的に落ち込む時期があり、私の大学時代の負の時代とリンクして、どうにもこうにも闇の中、先が見えない日々がありました。

何とか苦しい時期を越えて、自立しよう、親元を離れようとひとり歩きだして今に至ります。

今思えば、それも自分自身でつくりだしていたのだな、とわかります。

 

 

糖尿病は遺伝的な要因もありますが、原因はほぼ食事です。

父は太っておらず、中肉中背。

遺伝的な要因というのは、糖尿病になる家系の人は祖先が飢餓を耐え抜き、少ない食べ物でもエネルギーに換えて、生き抜いてきた力強い、それほど食べなくても丈夫な遺伝子が入っています。

現代の豊かな社会の中ではそれが悲しくとも病のひとつの要因となってしまいます。

飽食、贅沢病です。

 

 

肝臓にどんどん糖が蓄えられ、酸性の血の浄血に追われ、肝臓・腎臓が疲弊します。

それでもまだ食べ物が入ってくるので、すい臓から糖の分解をしてエネルギーに変えるか、脂肪に蓄えるかをする為にインシュリンが放出されます。

それでもひっきりなしに入ってくるので、その内、すい臓が疲弊して働かなくなります。

これがインシュリン不足で、高血糖になり、血がうまく運搬されなくなり倒れます。

低血糖で倒れてしまうのは、インシュリンが強すぎると糖自体がないところに打たれるので量バランス、比率が合わっていないのです。

本来は、これを体が自然とうまくやってくれます。

体は賢いです。

 

薬に頼っていたら、いつまでも薬から離れられません。まずは肝臓と腎臓をキレイに、自然に戻すことが本当の意味で治すことになります。

 

現代社会は医療に守られている、というカタチになっています。

権利でなく義務に近いカタチで。

氷山の一角でなく、その下にある地をみないと分からないことがあります。

原因は何であるか、根本はどこであるのか、その事に目を向けることが、いのちを知り、自然に学ぶことであると思います。

 

病は気から。

心がつくります。

 

感染や怪我、不慮の事故などもありますが、因縁や、偶然にも、その事から何か気付き、教えてくれる事がもしかしたらあるかもしれません。

 

自然に傲慢になったり、人間本位で生きていくことはできません。

ひとは、自然とともに、自然の一部であることを知ります。

 

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『食生活が人生を変える』
『栄養生理学講座』
 

 4/1、講演会開催@横浜